Archive for 5月 2016

WIRED vol.20 SINGULARITY+FUTURECITYISSUE



アラン・チューリング「計算機械と知性」
私たちは、ほんのすこし先の未来しか見渡せない。
しかし私たちが試みなければならないことがたくさんあることは、明らかである。

脳や心の機能について考えるとき、私たちの取る行動は、純粋に機械的に説明できることに気づくだろう。そこで、その行動は真の心に対応しているのではなく、いわば真の心の皮のようなものに過ぎないのだから。これを剥かなければならないと考える。しかし、そこで、皮を剥いてみても、その先には新たな皮があり、以下同様に続くというわけである。このような方法で、私たちは「真の」心に辿り着けるのか、あるいは、ついには何も無くなるまで皮を剥いてしまうのだろうか?


The ExaScaler
Genius of Motoaki Saito

エクサスケーラー 天才・齊藤元章の肖像
この項はもはや芸術です。
 

行動主義 レム・コールハース ドキュメント    瀧口範子



建築家・思想家・脚本家:Rem koolhaas レム・コールハース
ジャーナリストの瀧口範子氏が密着取材したドキュメント。
 
面白かったのは、
2.インタビュー・コールハースとともに走る11人の中で、
ワイアードの編集長クリス・アンダーソン
構造エンジニアのセシル・バルモンド
建築家の伊東豊雄


Q/一緒に仕事する人をどうやって選びますか?
例えば事務所のスタッフ。どんな基準でスタッフを雇うのですか?


A)コールハース/基準はない。もちろん、われわれは常に、天才的にすべての経験をまとめ上げてくれるような稀な才能を持った理想の人材を求めているわけだ。けれども、探せば探すほど、そういう人材はフィクションで作り上げられた架空のものでしかないことがわかる。現実の人間は誰しも、どこかを妥協したバージョンなんだ。
 
 

岡倉天心「茶の本」を読む   若松英輔



岡倉天心先生の「茶の本」を再解釈する。



言葉は生きている。
生きていなければ、どうして言葉が人間の魂を揺り動かすことがあるだろう。
生けるものを感じとるのはやはり、生けるものである。
言葉は、受容されるとき、その姿を変じる。
 
言葉は、真実の意味で読まれることを待っている。
真に言葉を読むとき読者は、言葉の奥に潜む、生ける意味の存在を感じる。
言葉の奥に、不可視なもう一つの「コトバ」を見る。
このときコトバは、単なる記号ではなく、うごめき、躍動する何ものかである。
だからこそ、人が本を選ぶのではなく、本が人を選ぶということすら起る。


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