Archive for 2016

@DOMMUNE  宇川直宏

 
 FINALMEDIAが伝授するライブストリーミングの超魔術!!!!!!!!!
もはや説明不要
この経典によって、個人がファイナルメディアへと成就する為の超魔術が、
今、紐解かれる
 


DOMMUNE BOOKS 1  DOMMUNE




「過去」の記憶装置として存在した書物は「現在」インターネットにその役割を委ねつつあります。しかし、意味生成の場として、その役割を放棄したわけではありません。意味生成という現象はヒトが生きている限り、あらゆる場面で問題なく行われています。同じ内容の言葉でもメディアを移行することで、違う意味に転換されてしまうことも少なくなく、インターネットと書物の間には必ずしも兌換性は存在しないとさえいえます。「書物は、読まれることによって「物質」であることを止める」とは、故・中野幹隆氏の言ですが、それはメディアの形式に重きがあるのではなく、言語活動の内容に価値があると断じていることは疑いを容れません。ファイナル・メディアであり、「紙メディアの墓場」と位置づけたDOMMUNEが言語活動の場として特異な機能を有したとすればそれを記録したファイル・アーカイヴ、つまり"言語の骨壷"が、再度、紙メディアに改葬される時、その言葉は墓場から立ち上がってくる生ける屍として、異臭を身にまとうだけなのか、それとも、新たな"意味蘇生"を引き起こし、想像もしなかった次元を切り開いてしまうものなのか。DOMMUNE BOOKSの刊行は、いわば、その実験の舞台となるのです。中野氏は1984年に書かれた先の文章でこう続けています。「書物は今日、<文字と紙>という最もプリミティヴな生、裸のコードに還元され、電子メディアをはじめとする諸メディアとのキメラとなり、ハイブリッドな共生状態に入るのです」と。
「現場」と「思考」との自在な往復、あるいはエディトリアルという近代的知性とアクシデンタルなむき出しの「生」。そう、読者を「現在」よりもなお、刺激的な紙とインクの意味蘇生の現場へと連れ出すことが我々DOMMUNEBOOKSの狙いなのです。なんつって(死語)!!!!!!!!!!!!!!!!
 
説明不要のDOMMUNE
そのOFFICIAL GUIDE BOOK 1号です



現代陶芸の鬼才栗木達介 京都国立近代美術館


2015年に京都国立近代美術館で開催された栗木達介展の図録
現代陶芸の鬼才と呼ばれた作家の作品群。鳥肌が立ちます。

朱漆「根来」 中世に咲いた華  白洲信哉 監修

 
朱漆「根来」 中世に咲いた華  白洲信哉 監修
 
2013年にMIHOMUSEUMで開催された朱漆「根来」 中世に咲いた華 展の図録
朱漆器根来の本質とその美という題で、河田貞先生による「根来」概説でスタートします
 
第一章 祈りの造形
第二章 華やぐ器物
第三章 酒器と茶道具
第四章 朱のしつらえ
根来寺の実像 中川委紀子
中世根来の工房を支えた木地師集団の謎に挑む 北野信彦
日本美・朱漆根来 桑野康郎

根来の所々まつわる話がまとめられてますし、
写真が本当に綺麗です。
時代までも感じれる、そんな気がします。

土偶・コスモス MIHOMUSEUM



2012年にMIHOMUSEUMで開催された土偶・コスモス展の図録

「縄文土偶のモノがたり」
「土偶のはじまり」
「壊された土偶たち」
「さまざまなポーズ、風変わりな顔」
「縄文に魅せられた現代文化人」
「ストーンサークルと第二の道具」
「遮光器土偶の世界」
「数にも意味がある」
「北日本の土偶」
「西日本の土偶」
 
プリミティブな形が載ってます。


WIRED vol.20 SINGULARITY+FUTURECITYISSUE



アラン・チューリング「計算機械と知性」
私たちは、ほんのすこし先の未来しか見渡せない。
しかし私たちが試みなければならないことがたくさんあることは、明らかである。

脳や心の機能について考えるとき、私たちの取る行動は、純粋に機械的に説明できることに気づくだろう。そこで、その行動は真の心に対応しているのではなく、いわば真の心の皮のようなものに過ぎないのだから。これを剥かなければならないと考える。しかし、そこで、皮を剥いてみても、その先には新たな皮があり、以下同様に続くというわけである。このような方法で、私たちは「真の」心に辿り着けるのか、あるいは、ついには何も無くなるまで皮を剥いてしまうのだろうか?


The ExaScaler
Genius of Motoaki Saito

エクサスケーラー 天才・齊藤元章の肖像
この項はもはや芸術です。
 

行動主義 レム・コールハース ドキュメント    瀧口範子



建築家・思想家・脚本家:Rem koolhaas レム・コールハース
ジャーナリストの瀧口範子氏が密着取材したドキュメント。
 
面白かったのは、
2.インタビュー・コールハースとともに走る11人の中で、
ワイアードの編集長クリス・アンダーソン
構造エンジニアのセシル・バルモンド
建築家の伊東豊雄


Q/一緒に仕事する人をどうやって選びますか?
例えば事務所のスタッフ。どんな基準でスタッフを雇うのですか?


A)コールハース/基準はない。もちろん、われわれは常に、天才的にすべての経験をまとめ上げてくれるような稀な才能を持った理想の人材を求めているわけだ。けれども、探せば探すほど、そういう人材はフィクションで作り上げられた架空のものでしかないことがわかる。現実の人間は誰しも、どこかを妥協したバージョンなんだ。
 
 

岡倉天心「茶の本」を読む   若松英輔



岡倉天心先生の「茶の本」を再解釈する。



言葉は生きている。
生きていなければ、どうして言葉が人間の魂を揺り動かすことがあるだろう。
生けるものを感じとるのはやはり、生けるものである。
言葉は、受容されるとき、その姿を変じる。
 
言葉は、真実の意味で読まれることを待っている。
真に言葉を読むとき読者は、言葉の奥に潜む、生ける意味の存在を感じる。
言葉の奥に、不可視なもう一つの「コトバ」を見る。
このときコトバは、単なる記号ではなく、うごめき、躍動する何ものかである。
だからこそ、人が本を選ぶのではなく、本が人を選ぶということすら起る。


改訂新版 共同幻想論   吉本隆明



何度か読んで、ぴんとこなくて、読んではピンとこなくて...
という何年もかかっている共同幻想論。



禁制論
憑人論
巫覡論
巫女論
他界論
祭儀論
母制論
対幻想論
罪責論
規範論
起源論

の11編で構成されています。

古事記を取り出して、の、初期国家の共同幻想を解読...
うーん。
おもろいのかも笑
 
 






聖地巡礼   田口ランディ

 
 
気がつくと、水に憧れ、水に恋して、水を求め歩いている。
これほどまでに惹かれる「水」とは、自分にとっていったい何なのだろう?
田口ランディの旅はいつしか水に導かれ、自分自身の聖地を探す旅となっていた....


いつしか一緒に巡礼してる錯覚に入る瞬間がとても心地よい本です。
 
 
 あとがきに、
たくさんの発見があった。
それぞれが、それぞれの視点で感じたことを分かち合った。
明日からはみんな別々の場所で自分の仕事に生きる。
でも、
私は確かに旅に出る前とは、少し違う自分になっている。
ちょっとだけピカピカの自分に....
 



許永中日本の闇を背負い続けた男  森功



「闇の伝達人」でスタートします。

許永中にあるのは、「闇の伝達人」としての機能でしかなかったのではないか。
それを察知した連中は、彼を利用し、やがて去っていった。むろん、日本社会が闇の世界と完全に切れることはないかもしれない。ただ、許が必要とされてきた高度経済成長期やバブル期の「闇の伝達人」という役割は終わった。
ふと気づいてみると、日本社会は変貌し、在日が活躍できる土壌がうまれつつある。在日韓国人実業家や映画監督、俳優やシポーツ選手、学者。一流企業で活躍する在日韓国人も少なくない。あらゆる分野で門戸が開かれつつある。
「トンネルの出口は断崖絶壁だった」
許永中はそう語った。アウトローから抜け出せなかった在日の二世は、じつは自ら歩んだ道を自覚していたのかもしれない。

 

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